ガラクタになるのも宝石になるのもアタナ次第

キーホルダーの挿絵
あっき

あんくん、なんなのこれ。キーホルダーとか折り紙とか。
おじちゃんの車の中にも散乱してるんだけど。
片付けないなら捨てちゃうよ!

あんくん

やだー! 全部あんくんの、大事なのー! おじちゃんのバカー!

ゆか

これゆかのタカラもの♪

こんにちは、あっきです。

最近じゃ少なくなったと思うんですが、家族や友達からお土産としてキーホルダーをもらったことありませんか?

僕が小学生の頃はキーホルダーはお土産の定番でした。

けど、社会人になるとキーホルダーなんて使う機会もなく、飾ってあるか箱に閉じ込めたままになっていました。

ある時、断捨離がマイブームだった僕は思い切ってキーホルダーを捨てたのですが…

さて、この記事では

  • 気持ちや環境で物事の見方は変わり本心に気が付きにくくなる
  • 大切な決断は時間があるなら先延ばしもあり

ということをお伝えできたらいいなと思い書いてみました。

この記事を読んで色々と考えるきっかけになってくれたらとても嬉しいです。

断捨離で使わないモノとさようなら

当時、仕事が忙しく残業や休日出勤が当たり前になっている時期がありました。

そんなこともあり、仕事術や断捨離の自己啓発系にのめり込んでいたんですね。

仕事術であれば「部屋が片付いていないヤツは仕事もできない」みたいなこと。

断捨離なら「いつか使うかもしれないモノに、いつかはこないから捨てましょう」みたいなこと。

仕事に追われてストレスを溜め込んでいた僕は、使ってもいないモノでゴチャゴチャしている状況が嫌で、断捨離を理由に大掃除をしたのを覚えています。

確かに、整理していると、いつか使おうと思って取っていたけど、全然使っていなかったというもモノが色々出てくるんですよね。

小学校のとき使っていた習字道具や昔もらった手紙、おもちゃとか。

「持っててもしかたないよなぁ」というものが沢山ありました。

で、断捨離している途中で特に気になるモノを見つけたんですよね。

キーホルダー。

はいはい。
お土産で友達からもらったものから、自分が旅行先でダダをこねて買ってもらったもの。

つい懐かしくて断捨離してたことを忘れて眺めていました。

一通り眺め終わってふと我に帰ったとき、

「懐かしいんだけどなぁ、持ってても使わないんだよなぁ」という思いでキーホルダーたちとにらめっこしてました。

だけど、何かを変えたくて仕方なかった僕は、寂しい気持ちを振り切るようにそれらを片付けました。

そしてゴミの日に捨てるようにと、キーホルダーを詰めた袋やその他を親に頼んだのでした。

「過去に片を付けたぞー、部屋もスッキリした♪」という思いで。

片付いていないのは僕自身の気持ちだった

それからだいぶ経って(10年は経ってたかな)、実家に帰ったある日のこと。

実家の家の中で探しものをしていました。

何を探している途中だったか忘れたのですが、2階の廊下にある父の小さな作業台の上を探していたとき、作業台の上にある透明なプラスチックBOXに気が付きました。

そして中にあるものを見てハッとしたんです。

そう!
僕が断捨離で捨てたはずのキーホルダーが詰まっていたから。

「捨てないで取っておいたのか」

どんなに古くても使えるものはとりあえず取っておくタイプの親だったので

僕は「どうして捨てなかったかなぁ」という呆れた気持で見ていました。

ただ、それと同時に、少し「ほっ」とした気持ちが湧いたのを感じました。

色々思いつつも懐かしさが勝っていて、探しものをしていたことを忘れて、BOXを開けてキーホルダーの束を手に取って眺めていました。

古いものだと、僕が小学1年生の頃買ってもらったものまでありました。

一つひとつ見ていると、いつ誰にもらったモノだとか、結構はっきり覚えているものなんですよね。
どれもこれも懐かしさをいっぱいまとっていました。

断捨離の考えに基づいて、納得して捨てたはずなんだけどなー。

捨てたと思っていたはずのモノからこんなにも懐かしさを感じるなんて。

捨てられていなかった安心感とともに、胸が苦しくなりました。

それを大切にとっておいてくれていた親の気持ちにもだけど、

断捨離を理由に、こんな大切なモノまで捨てようとしていた情けなさに涙が出てきました。

あの時は、いるモノいらないモノを真剣に考えて自分の心に片をつけたつもりでいたけど、

実は何も片付いてなんていなかった。

片付いていないモノがあるとすれば、それは僕の気持ちだと気が付いた。

無駄だと思うその気持ちこそ無駄だったんじゃないかと。

仕事の忙しさを、仕事のストレスを忘れるために、断捨離という言葉に思いをたくし、大切なものを捨ててしまうところだった。

決して断捨離が悪いわけではない。

その時その時で、自分の本心に気がつけなかった自分が悪かったんだ。

あと迷った時に、急ぐ必要がないのなら、先延ばしにしておくくらいの余裕も必要かなって思いました。

迷いを切り離すのではなく、迷いを受け入れて共存していけばいいだけのこと。

ガラクタに囲まれた生活も悪くないなって思って。

まとめ

誰にでも大切なモノはありますが、時間が経ち環境が変わることで考えも変わり、大切だったものがそうでなくなることがあります。

普通のことなんですが、心の負担を抱えている時などは本心が見えなくなり、思わしくない判断をすることがあります。

白黒付けれないことにイライラするかもしれませんが、世の中、白黒つけれることの方が珍しいです。

そんな時は、白黒のまま受け入れて共存していく気持ちが大切になるんだと思います。



で、キーホルダーのことなんですが、


今度は大切に閉まっておいたんです。


またいつか見れるように。


そっと、箱の中に。




「いつか」は来ないから、なんて考えずに

また来るかもしれない「いつか」を楽しみに生きようと思いました。