縁の切れ目が金の切れ目

握手をしているところしているところ
あっき

10円しかない…

あんくん

(おじちゃんと居ると貧乏がうつりそう…)
おばちゃーん
肩もんであげるよー♪

ゆか

おじちゃん困ってるの?
ゆかがお金貸したげる♪

こんにちは、あっきです。

「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉があります。

お金の上に成り立った関係は、お金とともに消えてしまうという意味ですね。

この言葉を使っている人を見て、ふと思ったんです。

金の切れ目が原因で縁が切れたんじゃなくて、

「そもそも縁を育めていなかっただけじゃないか」って。

今日はそんなお話。

縁が先

金が先か、縁が先かと聞かれたら縁が先だと思うんです。

だって、物事の道理を考えてみてください。

何もなしに突然お金をもらえたり、お金をあげたくなることがあるでしょうか?

お金をもらえたり、お金をあげたくなるからには理由があると思うんですよね。

助けてあげたからお金をもらえた。

助けてもらえたからお金をあげた。

こんな風に、何かしてあげたり、してもらったことに対してお金が発生するのが道理ですよね。

そう考えると、ご縁があったからこそお金が発生したというのが自然な流れかなと。

金から縁は生まれない

じゃ逆に、お金の上にご縁は成り立つのかって考えたんです。

2つの例を上げて説明してみますね!

例1

例えば「パーティーやりまーす。どなたも無料だから来てねー♪」って、やったとします。

すると当然、人が集まるわけですよね。

無料が目当ての人たち。

表面上はご縁を作ったかのようですが、内面的には無料が目当てなんです。

主催者の人柄が目的だったわけじゃありません。

この時点で、ご縁と呼べる関係ではないことがわかります。

大事なのは次です。

主催者は集まった人の中から、積極的に持ちかけて仲良くなれた人がいました!

この場合についてはご縁が育めたと言えるでしょう。

無料パーティーが終わったとしても、仲良くなれた人につては今後もお付き合いできる可能性がありますよね。

例2

僕自身の例もあります。

昔、僕の住んでいた建物の1階にカレー屋さんがありました。

週4くらいで通っていたんですよね。

店と客という関係で始まりましたが、最後はすごく親しい中になりました。

コーヒーやサラダを無料で付けてくれたりという風に。

何が言いたいかというと、結局はお互いに関係を持ちたいと思えるかということです。

ここでもし僕や店長がお互いに関係を持つ気がなければ、それこそ店と客、お金があるからこその関係で終わったでしょう。

このようなことから、ご縁というのは人と人が向き合うから生じるものであって、お金が生み出せるものではないということを感じました。

まとめ

まとめ

お金というのは縁が形を変えたものであって、副産物なんです。

だから、縁が金を生むことはあっても、金が縁を生むことはないんです。

お金というのはあくまでも縁の中を巡るだけのものです。

お金が無くなったせいで縁も尽きたと思っている人もいるかもしれませんが、

そもそも縁を育めていなかっただけなんですね。

むしろお金が無くなったのもそのせいかもしれません。


というわけで、

「金の切れ目が縁の切れ目」は都合のいい表現で、「縁の切れ目が金の切れ目」が正しいことが分かっていただけたと思います。

なんかどうでも良いことだったかもしれませんが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました(笑)

よかったら他の記事にも寄り道してみてくださいね\(^o^)/

それでは、また!